第6話 謙信と信玄

謙信が『敵に塩を送った』のは信玄を救う為ではなかった?!

武田信玄と上杉謙信は戦国史上、最大のライバルといわれる。

信玄は『人は城、人は石垣、人は堀・・・・』と家臣を重んじた。
かの有名な軍師山本勘助真田幸隆など、人材がそろい、戦国最強の武士団を形成した。

かたや、謙信は『越後の虎』『越後の龍』と呼ばれるカリスマ性の高い武将で、その戦績は、生涯無敗を誇った。

両者が激突した川中島の合戦は11年間にわたって5回も繰り返された
二人はライバル関係でもあり、友情めいたものすらあった。
謙信が信玄のもとに、塩を送ったというエピソードがある。
1568年駿河の今川氏真と相模の北条氏康は、信玄へ塩を運ぶことを禁止する「塩止め」を実施した。人間は塩なしでは生きていけないから、海の無い武田氏の領民にとって。塩止めは痛手となる
この時謙信は『塩を絶つのは卑劣な振る舞い。勝敗は一戦によって決すべし』と大いに怒り、ライバル信玄に塩を提供した。

しかし! これはフィクションの可能性が高いのである
では!何故!こうした美談が生まれたのか
有力説されているのは、謙信が塩止めに協力しなかった事が、敵に塩を送ったと拡大解釈されたという説である。つまり、謙信は北条氏康と交戦中だったので、氏康の武田氏への塩止めに、協力するいわれはなかったのだ

『敵に塩を送る』の美談は、戦国のロマンをかきたてるが、真偽のほどは、いまだ不明である   お・わ・り

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